「あなたには帰る家がある」山本文緒

最近山本文緒づいている。


うだつがあがらないくせに尊大な社会科教師・茄子田太郎とその妻で主婦の綾子。ハウジング会社の営業マン佐藤秀明と、子どもと共に家にこもる生活に耐え切れず生命保険のセールスレディを始める妻の真弓。二組の夫婦を中心に展開される長編小説。


三人称で記述される小説なのだが、くるくると主体となる人物が変わるのがおもしろい。真弓の視点で語られていた出来事が、突然、脇にいた秀明の独白に変わったりする。現実はただ一つなのに、彼らに見えている世界は全く別なのだ。


ごく限られている登場人物たちが次々と偶然に関わりあってゆく展開が続き、正直いって現実味はあまりない(そして、それについては作者は確信犯なのだと思う)。それでも、それぞれの登場人物の心理描写からリアリティーを引き出すあたり、山本文緒の真骨頂だと思う。


結婚とは。人生とは。本当の幸せとは。端からみれば滑稽に見えるほど不完全な登場人物たちが悩み、迷い、傷つき、苦しんでいる。だが、私たちは彼らを笑えるだろうか。きっと私以外の誰かの視点から見た私は、同じぐらい滑稽で幼稚でみっともないのだ。


(↓ここから軽〜くネタばれです。たいしたことありませんが)


小説の冒頭、どちらかといえば太郎と真弓のほうが感情的でわがままな人物として描かれ(それは彼ら以外の人物の視点で描かれているわけだが)、そして当たり前のようにそれぞれの配偶者、秀明と綾子が恋に落ちる。ここまでは、秀明と綾子は配偶者選びを間違えた、被害者のような風情だ。


だが、後半に進むにしたがって、秀明と綾子の不完全さが露呈する。自分の未熟さ、頼りなさに気づかず、配偶者の欠点に耐えている自分を正当化しているだけの彼ら。秀明は真弓の強さに気付く。「そうだ、弱いように見えて彼女はいつも強かった。わがままを押し通す強さを、欲しいものを欲しいと言える強さを持っていた」。


私はこの小説を、どちらかというと真弓に肩入れして読んだ。彼女が秀明に見放され、どん底に落ちるさまを見たくないと思っていた。だから、この小説の結末は私には嬉しい。でも、私自身は、真弓というより綾子のタイプのように思えて、やや気が滅入っている。